豊橋技術科学大学

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グローバルなはなし

(連載第六回)

令和2年7月30日

通貨の力、強い米ドルと米国のパワー

小池誠一(IGNITE機構)

 コロナと並んで香港問題が国際社会を揺るがせています。714日米国において香港自治法(Hong Kong Autonomy Act)が発効しました。これは中国により制定された香港国家安全維持法への対抗策で、その中心となるのは香港の自治の侵害に関与した中国・香港の関係者と彼らと取引のある金融機関に厳しい制裁を科すことを可能とするものです。これが発動されると内容によっては第三国にも大きな影響を与える可能性があります。今回は私の実体験も含めお金の話、通貨の持つ力と特に米ドルがいかに強いかという話をしたいと思います。皆さんが海外旅行をする時、企業が海外ビジネスを行う時など、日常使われる米ドルの強い、弱いは外国為替のレートのことですが、今回はそれとは別の話です。

 米国のパワーの裏付けやポリティクスの手段は何だと思いますか。いろいろなものがありますが、多くの人は軍事力を挙げるのではないでしょうか。私はそれとは別の答えとして米ドルとそれを基軸にした国際金融体制を挙げます。軍事力は他の国でも資金と技術があれば装備の増強で対抗できる可能性があります。逆に言えば軍事力の維持や増強には膨大な国家予算を必要とします。また、それを実際に使うことは大きなリスクを伴いなかなか発動することはできません。では何故米ドルというお金は強いのでしょうか。経済制裁という言葉はよく聞くと思います。多くの場合は物やサービスの取引を停止することで、制裁対象国の指導者が使うぜいたく品を止めるレベルから市民の生活必需品を止めるレベルまであります。制裁国の国内で調達できる物資では意味はありませんし、それ以外の物資でも世界中の国が一致して実施しないと効果がありません。経済制裁をパワーとできるのは他国では代替できない必要な物資やサービスを有している国か経済的な依存関係が極端に強い特定の国同士の関係に限定されます。他方で金融制裁はお金のやりとりを制限するものです。通常は特定の個人や団体の銀行口座の資金を凍結すること基本です。米国の場合はそれに留まらず銀行自体の取引に影響を行使することができます。お金は経済の血液と言われますが、銀行の取引自体に制限を課し、必要な血液(お金の流れ)の一部を止めることができます。米国は自国の政策判断で、ほとんど全ての国を対象に金融制裁を実行できてしまいます。何故?と思う人が多いと思います。世界中のモノやサービスの取引で使われる通貨を基軸通貨と呼び、米ドルが圧倒的な地位を占めています。米国以外の第三国同士の取引でも米ドルは非常に大きな役割を担っています。各国政府が為替政策の実施や対外債務の支払いのために保有する資産が外貨準備で、その額を外貨準備高と言います。世界中の外貨準備高における基軸通貨の割合ですが、近年米ドルの比率は低減していますが、最近のIMFの統計値では米ドルが約62%を占め、ユーロは約20%、日本円は約5%です。世界貿易を席巻する中国の人民元はわずか2%弱にすぎません。この数値から想像しても、国際取引(金融)における米ドルの地位は圧倒的で、これが米国のパワーになっています。1997年にアジア通貨危機が発生し、経済成長の著しい東南アジア諸国に大きな経済的ダメージをもたらしました。この時日本は世界第二の経済大国といわれていた時代でアジアの通貨や経済の安定のために日本円をアジアの主要基軸通貨としようとする構想がありましたが実現しませんでした。表向きの理由とは別に何処かの国に潰されたという噂話が流れました。当時中国は経済的には今のような大国でなく、韓国の経済力は日本のそれとは比較になりませんでした。噂に出てくる国は何処なのか当時のことを知らない皆さんにも容易に想像できると思います。

 私自身これまでの仕事の経験を通じて通貨の力や特に米ドルの強さを嫌というほど実感してきました。まずは以前お話したパレスチナは自国の通貨を発行できず、イスラエルの通貨を使っています。自国通貨を持たない国は通貨統合を行ったEU諸国以外にもあります。リヒテンシュタイン、モナコ、バチカンは規模が小さいため元から独自通貨を発行せず近隣国の通貨を使っていました。ジンバブエは事実上の経済破綻により自国通貨を廃止しました。パレスチナの金融取引はイスラエルの金融機関に依存しています。私がパレスチナで活動していた時に、イスラエルの事務所の銀行から西岸地区の銀行に送金はできましたが、経済封鎖をされていたガザ地域はイスラエルの政府の方針でガザの銀行への送金は止められました。私の場合、イスラエル軍に事前申請すれば何とかガザに入る許可がおりたので、その際にガザの事務所の運営資金や活動資金を大量の現金で運び込みました。銃器や火薬でないのでイスラエル軍の兵士は通してくれていましたが、いつもヒヤヒヤでした。怖いのは軍の検問だけでなく、紛失等の事故があれば私が弁済責任を負います。現金を無事にガザの事務所に届けるまで生きた心地がしませんでした。

 パレスチナでは苦労話ですが、スーダンで援助機関の責任者を務めていた時は米国の金融規制の壁の前でもがいたもののあえなく撃沈し、米国の金融上のパワーを痛感しました。米国の財務省に外国資産管理室(OFAC)という事務所があり、外交政策や安全保障上の目的から米国が指定した国や特定の個人、団体などの取引禁止や資産凍結行い、これをOFAC規制と呼びます。OFAC規制は米国の人及び金融機関等(外国人や法人を含む)を対象とし、米国で取引される米ドル建取引に適用されるものです。私がスーダンいた当時は北朝鮮、イラン、キューバ、シリアとスーダンがOFAC規制の対象国でした。日本の外為法では国際社会と連携し、北朝鮮、イランへの送金は禁止されていますがスーダンは禁止の対象ではありませんでしたが、OFAC規制の影響で日本からスーダンに個人の必要資金を送金することができませんでした。私や私の仕事は日本とスーダンの法律にしばられますが、OFAC規制は米国の法律でどう読んでも米国の国内の関係者の取引を規制するものです。ですが事実上、米国以外の銀行がこれら規制対象国と取引きを行う上での大きな足枷になっています。海外送金を行う場合、送金元の銀行と送金先の外国の銀行、そして両者の間で直接取引がないケースでは、コルレス銀行と呼ばれる仲介銀行が時には2~3加わり、SWIFTという世界中の銀行をつなぐネットワークを介して実施されます。外国送金手数料が高いと感じる人は多いと思いますが、この複雑な仕組みに経費がかかるのです。日本から事務所の運営活動資金を送金することについては日本の銀行、スーダンの銀行とも相談し、OFAC規制の文言に触れないように仲介銀行を米国でなく欧州の銀行としドル建てでなくユーロ建てとし、これを引き受ける銀行を何とか探して送金を行うことができました。これは私の組織が日本の政府関係機関だったといことが大きかったです。他方でスーダンに所員が新たに赴任する場合、当初の経費として家賃だけでも通常1年分、最低でも半年分の前払いが要求されるので多額の現金が必要になります。直行便がなく乗継でスーダンを初めて訪れる人に多額の現金を抱えて来いというのはあまりにリスクが大きく酷な話です。個人資金のスーダンへの送金が可能とならないか、スーダンにある各国大使館等の事情を調査しても妙案がなく、日本に一時帰国した時には日本や他国の金融機関等を訪問し相談しました。検討してくれる組織はあっても最終的にはどこもNOという回答でした。何故認められないのか、それはお金に色がついていないからです。私が送金されたお金で家賃を払い、スーパーで買い物をすると、そのお金が巡り巡ってブラックリストに載っているスーダン関係者に渡る可能性が否定できないというロジックになります。また、米国で取引をしていませんがSWIFTのネットワークを使うと米国での取引と区別ができないことになります。関与する銀行が米国以外の銀行でも国際取引を主体的に行う銀行は例外なく米国に事務所がありますので、その米国事務所が制裁の対象とされてしまいます。銀行にとって国際基軸通貨の米ドル取引をとめられると死活問題です。実際に欧州の幾つもの銀行や日本の国際取引の代名詞のような銀行もOFAC規制のペナルティーを受けています。フランスの銀行がペナルティーを受けた際にフランス政府が抗議をしたことがありましたが、米国はアメリカの国内の経済規則を運用ルールに則って米国の法人に科したもので、国際問題ではなく他国の政府が口出しする話ではないと一蹴しました。

 各種の規制を伴なう法律については好むかどうかは別として文面と内容を理解すればそれを守ること自体は難しいことではありません。怖いのは法律の文面が拡大解釈されて運用や執行が行われ場合や、或いは法律が本来の適用対象の外部(制定国以外の人や法人)にまで影響力を及ぼす場合などです。米国の香港自治法に関連してお金の話をしてきましたが、何故か中国が制定した香港国家安全維持法の問題点として言及される話のようになってきてしまいました。香港自治法で米国が金融制裁を科した場合には中国は対抗措置をとるとしています。米中貿易対立は当時国同士の問題が第三国にも影響を与えていますが可視化しやすいので対策も検討しやすいのですが、お金の話になると見えづらく、影響がボーダレスにかつ思わない所にまで及ぶ可能性があります。世界中の経済がコロナで弱っている時なので今後の両国の動向が心配です。

 別のお金の話ですが、仮想通貨が将来的に現在の国際通貨に代替されうるかという議論があることは皆さん知っていると思います。仮想通貨の将来性(メリット)として、取引コストがかからないことや政府等の特定の者の管理に縛られない(国の管理や信用とリンクしない)ということがあげられています。今回の話からもその意味を理解いただけると思います。取引コストがかからないという価値は普遍的だと思いますが、政府等の管理を受けないという点はどうでしょうか。パレスチナやジンバブエの例のように他国の政策に従属せざるを得ない場合や政府の信頼がない場合は非常に有意義な価値です。ただし、特定政府の管理ができないことは便利でメリットがあると思いますが、世の中経済合理性だけで動きません。それがメリットとして仮想通貨が将来の基軸通貨となるのか、逆にそれが故に基軸通貨になれないのか、果たして将来の国際取引の決済はどうなって行くのでしょうか。

(終わり)

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[初版作成]2020.5.13 / [最終改訂]2020.7.29

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